拗らせ初恋は厄介です(前編)


 ――うちはおさわり禁止ですがぁあ!
 両手でがっつり握っててちょっと鳥肌が立った。

「俺、[[rb:橘 > たちばな]][[rb:廉 > れん]]って言います。近くの大学に通ってます。俺、一人暮らしだし、ずっと俺のモノにしたいと思ってたんです……」

 俺の引き攣った顔に気付かず、何故か蕩けた甘い顔をして言う男……、もとい橘くんに冷たいものが背中に走る。とてつもなく嫌な予感がした。が、相手はお客さん。片田舎で経営も厳しい中、買ってくれそうなお客さんを逃すわけにはいかない。『俺のモノにしたい』ってちょっと言い方気持ち悪いけど……。これは死活問題だ。
 それとなく握られた手を剥がしながら、俺は橘くんへ笑顔を向けた。これもすべて店の為、そして飼い主を待つこの子達のためだ。

「俺なんかじゃダメですか……?」

 橘くんがその綺麗な顔を辛そうに歪めてそう問うた。瞳はゆらゆらと不安に揺れていてこちらまで胸が締め付けられる。
 この子は本当に猫が好きで、よっぽど飼いたかったのかもしれないな……。
 先ほどまでの彼の評価は改め、俺の正直な気持ちを彼に告げた。

「家族になるのは簡単なことじゃないが……、橘くんに、好きって気持ちと最後まで大事にするっていう覚悟があればいいんじゃないか? 心から愛して大事にしてくれるって約束するなら、俺は応援するよ。好きな気持ちは止められないからな」

 俺がそう言うと、橘くんは俺の手を握っていた両手にぎゅっと力を込めて、それを額へ擦り付けるようにして無言で俯いた。
 俺はどうすることも出来ずそのままの体勢で橘くんの様子を伺う。
 頭一個分小さい橘くんのつむじをじっと見つめた。
 握ると言うよりも最早掴んでるって言った方がいいくらいには力が強くて右手が痛い。左手で剥がそうかとも思ったが彼の肩が震えているのに気付いて辞めた。

 暫く待っても彼は俯いたままで、俺は仕方なく声を掛けようと彼の肩に手を置いた。もう暫くはこのままの方が良いのかもしれないけれど、他のお客さんもいる手前仕方がない。

「二年も我慢してたんだもんな……とにかく、ここじゃなんだからあっち行こっか」
「優さん……」

 彼の肩を抱いて奥のソファーがある契約ブースへ促して歩く。あそこなら奥まっていて人の目も気にならないだろう。
 彼は大人しく歩きながら、俺の名前を小さく呼んだ。何故俺の名前を? とも思ったが、名札を付けていることを思い出し、特に何も言わなかった。
 橘くんをソファーに座らせてから契約書と黒猫のプロフィール帳を取りに行こうとしたその時、腕を強く引かれて俺は体勢を保てずに後ろに倒れてしまった。
 痛みが来るのを予想して咄嗟に目を閉じる。が、来ると思っていた痛みは来ず、代わりに柔らかい場所へ背中が着地した。
 衝撃で弾んだ身体を上からの重みが俺を押さえ込む。力強く握られた手首が悲鳴を上げた。覆い被さっている橘くんを見上げるが、照明に目が眩んで表情は良く見えない。橘くんは何か思い詰めている様子でその声は少し揺れていた。

「……優さん、手荒にしてすみません」
「っ、橘くん……これは一体何のつもりだ」
「優さんにそんなつもりないって分かってたんですけど、俺、我慢できなくて」
「だから何が、……っ⁉」

 言い終える前に橘くんの手がシャツの裾から侵入した。
 ――え? なんで? 驚きのあまり目が見開く。
 橘くんの手は腰骨から腹筋をなぞると、触れるか触れないかの手付きで何度もそこを往復した。こそばゆくて腹が力んで息が詰まる。
 橘くんの顔が笑みで歪む。影が差しているのが不気味さを増長していて恐ろしい。警鐘がけたたましく鳴り響いた。
 早く、早く逃げないと……っ! 慌てて腕を全力で振り回す勢いで動かすも頭上で拘束されいてビクともしない。
 橘くんが覆い被さっているせいで下半身の動きは完全に封じられていてる。無駄だと分かってはいても両足を動かさずにはいられなかった。それもソファーの肘掛を蹴るに終わったが……。

 その間も橘くんは手を動かし続けており、それは胸元まで昇り詰めると、胸筋と鳩尾の間の段差を確かめるようにゆっくり撫で上げた。背中がぞわりと泡立ち短い息が鼻から抜けていく。

「ンっ、ふぅ……」


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